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祇園。若い頃は馴染みの所でした。

 昨日の「ブラタモリ

お題が「京都・祇園は何故、日本一の花街になったか」

祇園って、日本一なんだね知らなかった。

 その「祇園界隈」

昔、若い頃は「庭」とはいかないが、夜な夜な良く飲みに行った所。

実家から行きつけの祇園の飲み屋に「行くから席を取っておけ」と言うと「今、何処?」と聞かれ「家」と言ったら「解った」で通じた。

要は「家なら10〜15分で来るな」

 祇園まで交通機関を使った事が無かった。

要は「徒歩」帰りも大概「徒歩」たが、酔ってると「危ない」と言ってタクシーに乗せられる子ともったがね大抵「ワンメーター」

 そんな「祇園」だが、昨日の「ブラタモリ」で「知ってる」と言う事も出てたが「知らなかった」と言う事もあった。

あの界隈。元々は「建仁寺」の敷地だったんでね。

 更に「四条」よりも「北」が最初だったのも知らなかった。

その「北」も今では「御茶屋」も少なくなって、飲み屋街。

 その「花街」の始まりは「八坂神社」も知らなかった。

参拝客を踊りや食事などで「もてなし」たのが最初とはね。

それが「分業」となり「置屋」「御茶屋」に「仕出し屋」が出来た。

 因みに「八坂神社」は元々「祇園社

その「祇園社」の祭だから「祇園祭

 祇園の成り立ちは解った。

しかし、京都には他に「先斗町」「宮川町」「北野」の花街がある。

それが、どうして出来たのか。何故、祇園に吸収されずに残ったのかも調べたら面白いな。

 今、祇園は観光客が凄い。

しかし、その「観光客」が「芸子」や「舞妓」に色々な事をするすら「迷惑」「困っている」と言う話も聞く。

私に言わせると何か、昔の情緒が薄れている気もしている。