今日は送別会

朝のジョークです。

医者が道に落ちている千円札を見つけたが、後ろから人が歩いてくるのに気づいて 、拾おうかどうしようか迷っていると後ろから歩いてきた坊主がすかさず拾った。 医者「それは私が先に見つけたのに」 坊主「医者が見捨てたものは坊主のものと決まっとるわ」………(・∀・)

おはようござたいます。

いつも、「いいね」や「コメント」ありがとうございます。ついにやってきますねゴールデンウィーク。4月28日の金曜日、何とか片付けてゴールデンウィークに、突入したいもんです

今日のお天気は晴れ。現在の気温は9℃!、今日も最高気温は21℃位までですね。

さて、今日の言葉をまず。

「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である。」ナポレオンの言葉です。

……確かにですよね……。(〃_ _)σ‖

さて、もひとつ名言ですが。

その前に意外と知らない偉人のプロフィールから。

西郷隆盛『西郷どん』

(1828年1月23日-1877年9月24日)は、幕末から明治にかけて活躍した薩摩藩士、軍人、政治家。大久保利通木戸孝允(桂小五郎)と並び「維新の三傑」と称される人物。

薩摩藩の下級武士であったが、藩主の島津斉彬の目にとまり抜擢。斉彬の急死後、二度失脚するが家老・小松清廉(帯刀)や大久保利通の後押しで復帰。

禁門の変薩長同盟の成立、王政復古の成功、戊辰戦争などで活躍し、江戸総攻撃の前には勝海舟らとの降伏交渉に当たり、江戸無血開城を成功させた。

明治維新後、参議として新政府に復職し、軍大将・近衛都督を兼務していたが、大久保らと対立するようになり、明治6年の政変で江藤新平板垣退助らとともに下野、以降は鹿児島に戻り、私学校で教育に専念。

その後、士族の反乱が続く中で私学校生徒の暴動から起こった西南戦争の指導者となり、城山で自刃。西郷隆盛の生涯を描いた小説としては「翔ぶが如く」が著明ですね。

さて、ここから西郷隆盛の名言です。

人間がその知恵を働かせるということは、国家や社会のためである。

だがそこには人間としての「道」がなければならない。

電信を設け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの機械を造る。

こういうことは、たしかに耳目を驚かせる。

しかし、なぜ電信や鉄道がなくてはならないのか、といった必要の根本を見極めておかなければ、いたずらに開発のための開発に追い込まわされることになる。

まして、みだりに外国の盛大を羨んで、利害損得を論じ、家屋の構造から玩具にいたるまで、いちいち外国の真似をして、贅沢の風潮を生じさせ、財産を浪費すれば、国力は疲弊してしまう。

それのみならず、人の心も軽薄に流れ、結局は日本そのものが滅んでしまうだろう。

日本を憂いていますね。

まぁ、これが西南戦争にも繋がる一因だったのかも。でわ、

今日もよろしくお願いいたします

皆様に平安を。シャローム・マイフレンド

GoodLuck & Goodday今日は送別会だ。

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