(人生)想像力の貧困と愛の不毛

もう1か月以上も前のことになるが、ある友達さんがセミナーで耳にしたある情報について、ご自身のブログに書き記しておられた。その情報とは、ほとんどの夫婦は相手に「愛してる」という言葉を『口が裂けても』言えないという調査結果があるというのだ。ほとんどの夫婦は相手に「愛してる」という言葉を『口が裂けても』言えないのはなぜなのか。これを読み解くカギは日本人の想像力の働き方と密接な関係があるのではないかと、最近考えるようになった。

人間が人の人格を評価するとき、どのような観点で評価するだろうか。ほとんどの場合、その人の発言と行動の傾向を自分なりに分析して、そこから「○○さんはこれこれこういう人格の持ち主だ」という評価を形成していくのだろう。私もそのような観点からの人格の評価は当然であると考えてきたし、むしろこれ以外に他人の人格の評価方法があるだろうか、ぐらいにすら考えていた。

だが最近、人間が人の人格を評価するとき、上記の「その人の発言と行動の傾向」以外の重要なパラメーターが有り得ることに気が付いた。それはその人の想像力の働き方のプロファイルを想定して評価する方法である。例えばここに上下左右に十文字にクロスする二次元座標軸を想定する。上下左右の座標軸がそれぞれ何を表すかという問題は、この際、一応棚上げすることにする。

さて、この座標平面に、その人の想像力の働き方のプロファイルを描くことを考えてみる。例えば、座標軸が交差する原点を中心に円を描いてみる。この円が大きい場合は、この円は、その人が様々な分野にバランスよくかつゆたかに想像力が働いていることを表すことになろう。

逆にこの円が小さい場合は、その人はどんな分野にせよあまり想像力が働かないプロファイルを表していることになる。考えられるバリエーションとして、この想像力の働き方のプロファイルが、バランスのとれた円ではなく、ゆがんだ円形になった場合、これは特定の分野にばかり突出して想像力が働くプロファイルを表すことになろう。

その人がどういうふうに想像力を働かせる人なのか、これはその人の人格を評価するうえで、非常に本質的なファクターの一つなのではないだろうか。

以上のことを前提に、最初に紹介した「ほとんどの夫婦は相手に『愛してる』という言葉を口が裂けても言えない」という調査結果は何を意味するかという問題を考察する。その前の準備段階として、「レポートトーク」と「ラポールトーク」というキーワードを導入する。これは、米国の言語学者デボラ・タネンが、男女によく見られる話し方の違いを表す概念として提唱した。レポートトークとは、事実をレポート(報告)するように、情報を伝えようする話法。一方の、ラポールトークの「ラポール」とは、信頼関係や感情の交流を意味する言葉。つまり、共感や心のつながりを深めようとする話法である。

男女であろうと、男性同士であろうと、女性同士であろうと、その会話が本質的に「ラポールトーク」である場合は、双方が共通に働く想像力の領域を持っているのでなければならないのではないだろう「か。で、「愛している」というセリフは、「レポートトーク」の文脈の中に現れるセリフなのか、それともラポールトーク」の文脈の中に現れるセリフなのか。これは断然ラポールトークだろう。

ということは、双方が共通に働く想像力の領域を持っているのでなければならないのではないだろうか。日本人の場合、想像力そのものがかなり弱い傾向があるのではないだろうか。このため、日本人のカップル双方が共通に働く想像力の領域も、そう豊かには成立しない。このことが「ほとんどの夫婦は相手に『愛してる』という言葉を口が裂けても言えない」という調査結果の背後にあるのではないかと思うのだが、どうだろう。

【関連項目】

『愛している』という踏み絵

http://maingauche07883.blog.fc2.com/blog-entry-273.html#comment73